お風呂好きな日本人のルーツ 銭湯 温泉 

日本人の「風呂好き」は、広く海外まで知られるところ。おそらく入浴文化という観点で考えるならば、世界一なのではないだろうか。 その原因として考えられるのは、高温多湿という日本の気候や風土によるものが多いが、しかしそれだけならば、日本に限っていえるものではありません。 私たちの生活の中に根付いた場所の中に「銭湯」というものがあります。その銭湯も今では、大きな時代の流れの中で、次第にその姿を変えつつあります。 それは江戸時代の「柘榴口」が廃止されて以降、新しい近代的な銭湯へと生まれ変わってきた時期と、匹敵するのかもしれません。事実、番台がフロントへと 変ることなどは、江戸時代から続いた形式が変化したことを物語っているのである。燃料も廃材を含む木材はこれから極端に少なくなり、すでに主流である重油も いずれはガスやソーラーシステムなどのクリーンな方向へと進めでしょう。新しく立て替えられたスーパー銭湯の多くは既にそういったシステムが導入されています。 しかし乗り換えの難しい昔ながらの銭湯は、1日に1軒のペースで廃業へと追い込まれています。まさに銭湯は、時代の「写し鏡」なのかもしれません。

日本人と温泉郷

私たちの住んでいる日本は、周りを「火山」に囲まれています。恐らく、自動車で30分も走らせると、必ずや温泉地に到着するくらい、日本には温泉が数多く存在します。また、日本には4つの季節、 つまり「四季」があります。春になると草木は芽生えはじめ、夏になると花を咲かせ、秋には実を実らせます。冬に枯れて、また春が来ます。そして天気の変動によって大量の雨が降り注ぎ、 山に染み込んだ雨水は、やがて川を形成します。そして草木を育む生命の「水」となって、自然が作り出す新鮮な「空気」。そして私たち日本人の温泉文化の醍醐味のひとつに「露天風呂」があります。 自然との調和を眼と耳で感じ、そして肌を温泉の温もりと温泉成分でスベスベにします。 疲れたカラダを癒すのに温泉、つまりお風呂とは、最も私たちの身近にある癒しのスポット、つまり「サロン」でもあるのです。 そして温泉成分に含まれる様々な成分をリアルに近づけているのが「入浴剤」というわけです。 現在、市販されている入浴剤の数も、数百万種類以上あるといわれています。その日の気分や体調などを考慮し、お風呂に入浴剤を入れて お風呂に癒し効果を増幅させる人たちが増えてます。 これらの市場は今後も拡大の一途を辿っていくことでしょう。それらは私たち日本人のルーツともいうべき「温泉」の影響を多大に受けているからなのです。   

仏教伝来と風呂文化

私たちの一生は、まず「沐浴」から始まります。これは今でいう「産湯」のことで、旧くは「鶏羽湯」と称したそうです。この世に生を持った際の清めの湯とされています。 ちなみに沐浴の「沐」とは頭を洗うこと、「浴」は全身を洗うことを意味します。その沐浴の習慣を植え付けたのは、仏教伝来による寺院の浴堂が起源。もちろんそれまでにも 温泉浴とか主として瀬戸内海の各地に散在していた石風呂(岩屋風呂)などが存在し、保健と衛生の見地からこれを愛好するとともに、さらに心身の洗浄化をはかっていました。 さて、江戸時代の銭湯には、「風呂屋」と「湯屋」が存在したことはあまり知られていないようです。「風呂」の本来の意味は蒸し風呂。すなわち蒸気風呂をさしていました。 蒸気風呂とは、湯に浸からない方式。現在のサウナ風呂と同様で、ルーツは石風呂や、東大寺にある「大湯屋」では、大きな釜に湯を沸かして、その蒸気を部屋へ送り込む方法が主流だった。 他の文献によると、風呂とは、風炉をさし、茶の湯を沸かすために用いた炉から転じたと書いてあります。炉自体は火鉢に似ていて、その上に湯を沸かす釜を置いていたそうです。 その様子がまるで風呂のつくりに似ていたので、いつしか「お風呂」と呼ばれるようになったのではないかと考えられています。

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